プロ・ホペイロ松浦紀典さんインタビュー「コンディショニングは身体だけではない。スパイクのケアにこそ最高の準備を」
「ホペイロ」とはポルトガル語で「用具係」の意味で、プロサッカー選手の用具や身の回りのものを管理・ケア・準備する仕事です。世界のトップリーグには古くから浸透していますが、日本では1990年代に入ってから読売サッカークラブ(現・東京ヴェルディ)にブラジル人ホペイロが採用されたのが始まりです。
現在、選手から絶大な信頼を受けており選手と同様にクラブとプロ契約している日本で数少ないプロ・ホペイロの松浦紀典さん。日本代表の吉田麻也選手ら多くのサッカー選手のシューズ等の管理・ケアを行っている。
選手がベストな状態で臨めるように常に最善の準備を心がけるのが信条と言い切る、そんな松浦さんのインタビュー記事とAlpen TOKYOにて行われた松浦さんのスパイクメンテナンス実演会の模様をお届けします。
――最初に松浦さんの経歴を教えてください。
プロ・ホペイロとしてのスタートが、1993年のヴェルディ川崎から始まり、2003年から名古屋グランパスに移って、2017年から京都サンガの現在に至ります。
――各チームで色んな選手とスパイクを通じてのエピソードがあると思いますが、印象深い選手を挙げるなら?
これはどの選手にも共通で言えるのですが、プロサッカー選手が唯一こだわれるアイテムがスパイクです。本田圭佑選手は人1倍、そこにはこだわりを持って プレーしてました。彼との初対面は高校時代に練習生としてグランパスに来た際に、自分と熱く語り合って、「将来ワールドカップに出場して点を取りますので、足元のサポートしてください」って言われたんです。
当時は高校2年だったんで、「プロでもない選手が何を言ってるんだろう?」って思ったんですけど、本気の眼で訴えてきたんです。そこから付き合いが始まりましたが、数年後の南アフリカワールドカップ(2010)でミズノのイグニタス(イエロー×黒)で、しっかりゴールを決めました。有言実行しましたし、そういう部分でもすごく印象深い選手です。
――松浦さんがホペイロとして、スパイクのケアで重要視されていることをお聞かせください。
選手が僕にスパイクを預けたら、真っさらな状態で戻すのが基本です。常に新品同様に磨き上げること。練習や試合が終わるとスパイクも汗などでびしょびしょになるじゃないですか。だからこそ、次に履くときは新品同様で選手に戻すことを重要視しています。そしてその選手のことを思い浮かべながら、ケアをするようにしていますね。「次も頑張ってね。怪我しないでね。ゴールを決めてね」と念じながら磨いています。
――そんな松浦さんですが、ミズノとの最初の出会いとは?
アンバサダーとしてのお付き合いは名古屋グランパスに入ってからなんですが、最初にホペイロを担当したチーム(ヴェルディ川崎)が全身ミズノでお世話になっていました。僕はサッカーをやる前は野球をやっていたので、その流れでサッカースパイクもミズノを手にしたのが最初です。『634II』の白スパイクをどうしても履きたくて、地元の山梨から新宿のサッカーショップまでわざわざ買いに行きました。
――目の前には、「MIZUNO α」がありますが、松浦さんが感じている魅力をお聞かせください。
ポイントはたくさんあるんですけれど、めちゃくちゃ軽いんです。実際に足を入れていただくと分かるんですけど、“ゼログライドメッシュ”で滑らないようになっているので、非常にプレーしやすい。軽くてフィットしてしかも滑らない。いろんな細かいところまで考えられたスパイクです。普段の仕事中に履いて走るんですが、 足がスムーズに前へ進み、凄くサポートされているなって感じています。
――スピードブーツタイプもありますね?
はい、今回のワールドカップで吉田麻也選手が着用されていてよく話すんですけれど、世界の一流FWと対戦する際に様々なスピードも求められるので、「あえてこういうスピードブーツを選んでいる」と言っていました。どのポジションにも最適な一足だと感じています。
――松浦さんがミズノと共同開発した「プロのケアを部室や自宅で出来るをコンセプト」にした『P.』(シューズケアセット)をご紹介ください。
P.01 シューズクリーナー
サッカーシューズ素材との相性を考えた、抗菌剤入り汚れ落とし。
P.02 シューズリペア
色蜑揩ー部を補色。使いやすいペン型、白/黒2タイプ。
P.03 シューズコンディショナー
アッパーを光らせ、柔軟性を補う。ステッチにも油分を。クリア/黒2タイプ。
P.04 ブラシ
馬の毛ではなく、あえて豚の毛を。握り部は木製とグリップ性にこだわった。
商品に番号が振ってあるんですけれど、P.01、02、03、04という順番で使用していただくと綺麗になります。構想から販売まで本当に時間がかかりました。自分が納得できない商品は出したくないと考えていました。そのタイミングで、『モレリア』を作っている工場の方にお話を伺う機会がありました。沢山の人の手が加わり、1足のシューズが作られていく工程を最初から最後まで見て、「このシューズをどういう想いで出荷されますか?」と担当の方に伺ったんです。
そうしたら、「 1分でも1日でもとにかく長く大切に使ってほしい」という言葉に心が打たれました。自分もホペイロとして、「選手にシューズを大切に使ってほしい」という想いがあったので、しっかり手入れできるものを作らないといけないと強く感じたんです。
この『P.』は、水分量や成分もそうですし容器も含めて、全て僕のリクエストで作ってもらいました。
普通のシューズケア商品は、大体金属のパッケージで使っているうちに、途中から穴が開いてしまったり、非常に使いづらかったんです。サッカーも男子だけじゃなくて、女子サッカーもすごく人気が出てきましたので、女子選手にもヒアリングしたんです。
「もし、こういう商品があったら化粧品と同じようなパッケージで入っていたらどう?」 っていう話をして、「金属のタイプよりこういう方が使いやすいし、可愛いよね」というフィードバックをいただき、化粧品と同じようなパッケージにしました。
このブラシも見ていただくと、ここに溝があるんです。例えば、小学生の選手がケアする時も握りやすいように作っていただきました。ブラシの毛にもこだわっていて、豚の毛なんですけど、 こういったクリームを塗るときは1番いいんです。
黒のコンディショナーも普通の靴クリームを使用すると真っ黒になってしまいます。
でも、サッカースパイクのラインは、メーカーさんの顔なんで、そこを潰すのは絶対に避けたかった。これは、黒いものを塗ってもラインが黒くならない。そういう細かいところを徹底的にこだわりました。
最後に『P.』っていう名前にもこだわっていて、“P”から連想できるようなイメージです。例えば、プロフェッショナル、プレシャスとか。そして、最後に『P.』を使うと“ピカピカ”になるっていうP。そんなメッセージを込めて完成しました。
――Jリーグ誕生から30年。プロ・ホペイロの松浦さんから見て、日本人のスパイクのケアに対する意識レベルなどは、どう変化を感じていますか?
急激に上がっている訳ではありませんが、こういったミズノさんとの活動を通して、サッカー選手の意識が高まっていることを実感しています。サッカー選手が唯一こだわれるのがスパイクで、長い時間プレーを共にする相棒です。体を綺麗にする、汚れたウェアを洗濯するようにスパイクもケアした方が良いプレーに直結します。そういうメッセージを、中高生、小学生含めて伝えていきたいなと思いますね。
コロナ禍で、 普通の生活が最初できなかったじゃないですか。そういう時に大好きなサッカーが出来る環境を提供してもらうことにも感謝しますし、 そのアイテムにも感謝できます。いろんな人に感謝する気持ちも絶対にケアするところから生まれていますので、 本当にケアする姿勢が大事だなって思います。
――部活生が間違いがちな、スパイクのケアを感じることはありますか?
例えば、『モレリア』みたいな天然皮革は手入れが必要で、『MIZUNO α』みたいな人工皮革は手入れが必要ないって思っている方が大半なんです。でも、僕からすれば人工皮革でも天然皮革でも着用したら汚れるし、汗をかくのでケアは必要なんです。人工皮革の方も天然皮革と同じようにしっかりケアをしていただきたい。そこは強く伝えたいですね。
他にも、「スパイクは水洗いできない。ドロドロになっても洗っちゃ駄目だよね」って言われるんですけど、スパイクは雨の日も雪の日も履きますよね。それに水洗いして濡れただけで壊れるようなスパイクをミズノは作っていません。しっかり水洗いをして、ケアすることによって、どんどん長持ちします。
ミズノから出ている『ZERO+シューズシャンプー』を使うと、サッカースパイク以外も全部洗えます。すごくいいアイテムができたので、正しく使っていただきたい。洗いっぱなしにしてはいけないのでこういったものを使って、しっかりケアをすることによっていい状態が保たれます。 是非試して、効果を実感していただきたいですね。
――今後の展望やミズノとこんな活動をやってきたいというのがあればお聞かせください。
今はチームに所属しているので、 限られた時間しかないんですけれど、今日みたいにアルペンさんに呼んでいただいて、一般ユーザーの方やお店の方にケアの大切さを伝えて、皆さんと一緒に自分も成長できたらと思います。
――最後に松浦さんがプロ・ホペイロとして貫いていきたい流儀をお聞かせください。
全てにおいて妥協しないことです。自分もプロ・ホペイロとして、汚れがひどい状態で戻ってくる時もあるんですけど、「これくらいでいいや」と妥協せず最高の仕事を目指していく。それはミズノさんの物作りも同じで、本当にこだわってモノづくりに向き合っているので、とても共感している。自分もそんな姿勢でスパイクと向き合っていきたいと思います。
インタビュー取材後は、松浦さんによるスパイクメンテナンス実演会が行われました。
「僕からお伝えしたいのは、皆さんもサッカーをプレーした後に、汚れた体やウェアも洗いますよね。一緒にプレーしたシューズも同じように汚れますので、体と同様にシューズも一緒に綺麗に洗って、手入れをしてほしい。その重要性を伝えられたらと思います」
冒頭に松浦さんの挨拶から始まり、スパイクメンテナンス実演会が行われました。
「まず、シューレースとインソールを外します。そして、『ZERO+シューズシャンプー』を使って洗います。バケツに水を汲むやり方なんですけど、このまま水につけていただいて、全然大丈夫です」
「基本はブラシにシャンプー2、3摘、塗布してから洗うのが基本です。この時に洗いのベストは縦と横の関係で洗うことです。くるくる回すよりも縦と横で端の汚れている個所もしっかり洗ってください」
「力を入れれば汚れが落ちるわけじゃないので、この音を聞いてください。これが理想の音です。これで十分汚れ落ちますので、泡立てながらシューズ全体を洗います。(汚れが酷い部分は繰り返し洗う)」
ここで松浦さんから、「何かご質問ありますか?」と参加者との対話の時間に。
「今回は、固定式ですけど、取替式の洗い方も基本一緒ですか?」(参加者より)
「基本的には一緒です。ただ、取替式の場合は、ネジが埋め込まれているんですけど、スタットを外して洗ったりするのは、辞めてください。なぜかというとスタットを外して洗うと、そこから石などが入る可能性があるので、しっかり閉めてからの方がいいです」
「次に乾いたタオルで拭く時に指をこの形状に合わせてき取るようにします。インソールも同じように、水につけていただいて、シャンプーでブラッシングしていただいて大丈夫です。この『ZERO+シューズシャンプー』は、汚れ落としや消臭抗菌があるので洗うことによって、いろんな効果もあります」
「タオルドライが終わった方で、片方ずつ比べてみてください。ちょっと洗っただけでも、違うと思うんですけど、どうですか?」
「このシューレースも乾いたタオルで、水分を取るときにしっかり指で挟むようにして、脱水するイメージです。とても水分が取れるので、是非やってみてださい」
「この後、どうやって乾かすかというと、シューズドライヤー(くつ乾燥機)を使います。紐をしっかり結び、シューズが曲がっている部分もスパイク本来の形に戻してください。乾かす際は、かかとを下にして、つま先を立てる状態が基本になります。
「くつ乾燥機をお持ちでない方は、ミズノからシューズドライヤー(乾燥剤タイプ)も発売されているので、風通しの良い場所で自然乾燥を試してみてください」
続いて、松浦さんとミズノが共同開発したシューズケア用品『P.』を使ってのスパイクメンテナンスを紹介します。
ステップ1全体を拭く
濡れタオルでシューズ全体の汚れを落とします。アッパー、アウトソールの順に拭いてください。この濡れタオルなんですけど、季節によってちょっと絞り方を変えます。
夏はジメジメしているので、普段よりもちょっと硬く絞ります。冬は逆に乾燥しているので、ちょっと緩めに絞ってスパイクを服用します。
ステップ2 汚れを落とす
濡れタオルで取れなかった汚れを「シューズケアセット『P.』の シューズクリーナー」を使って落とします。クリーナーは少量でOKです。
ステップ3 補色する
シューズの削れた部分を「シューズケアセット『P.』の シューズリペア」を使ってリペアします。塗ってから3~5分かけてしっかりと乾かしましょう。
ステップ4 全体を潤す
『P.』シューズコンディショナーを『P.』シューズブラシを使って全体的に伸ばします。ブラッシングは軽くかけるのがポイントです。
ステップ5 ドライヤーで乾かす
「シューズドライヤー」を入れ、曲がっているシューズを本来の形に戻して保管します。これで終わりです!
松浦さんによるスパイクメンテナンス実演会も終了。最後に松浦さんから参加者へのエールが贈られました。
「皆さんと同じ時間プレーしたスパイクを自分自身の体と同じように大切に扱ってください。これがプロ・ホペイロからのお願いです」
道具を大切にすることが、サッカーの上達につながる。サッカーの試合に向けてのトレーニングは、単に身体的なスキルや精神状態を鍛えるだけでなく、サッカー用具の状態も同様に整える。最高のサッカーをするための大きな鍵は、道具をきちんと手入れし、良い状態にしておくこと。松浦さんの言葉や姿勢からは、サッカー道具は体の延長であり、常に自分の体と同じように準備したいと思わせてくれました。