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other2020.12.18

朝倉未来が、格闘技界でこれまでの常識が通用しない理由とは。

選手がいて、指揮官がいて、大物になってくると代理人とか弁護士がいて、あとはファン。これだけ揃えば、すべてのプロスポーツは成立すると思い込んでいた時期があった。ワールドカップ、オリンピック、グランドスラム、プロ野球、メジャーリーグ、NBA、NFL、F1……一通りの取材経験を積んだ30代後半のころの話。

なので、大いに戸惑った。高田延彦から「わたしの半生記を書いてほしい」と頼まれ、初めて足を踏み入れた総合格闘技の世界が、それまで経験してきた世界と違いすぎて。

これがサッカーであれば、野球であれば、凄い選手、凄い監督が一番偉い。主役はあくまでも現場で、あとは脇役というか縁の下というか、ま、黒子的な存在ということになる。で、良く出来た人はそうした人たちへの気遣いや感謝の言葉を忘れない。一流選手になればなおさらのこと。

ところが、高田の話を聞いているうち、それまで出会ったことのない立場の人が浮かび上がってきた。

プロモーターである。

いや、そういう仕事をしている人が存在していることぐらいは知っていた。真っ先に思い浮かんだのは、ボクシングのドン・キング。というわけで、高田から「たっつぁん、こちらがバラさん。俺とヒクソン・グレイシーを戦わせてくれた人」と榊原信行を紹介された時は、思いっきり色眼鏡で眺めていたわたしである。

ただ、後にFC琉球というチームでオーナー、スーパーバイザーという関係で仕事をすることになる榊原は至って温厚な紳士で、こちらが勝手に思い描いていたダークサイドな気配はまるでなかった。で、互いに徐々に打ち解けていったのだが、そうこうしていくうちにわかってきたことがあった。

メッシに、ダルビッシュにプロモーターは必要ない。彼らは、プレーを見せることが最高のプロモートになっている。けれど、格闘家にとって、少なくとも高田延彦にとって、榊原は不可欠だった。というか、2人が出会っていなければ、格闘技イベントのPRIDEは誕生しなかったし、いまのRIZINも存在しないことになる。

極論すれば、敏腕プロモーターの思惑次第で、道端の石ころがダイヤモンドに変貌することもあるし、スターが潰れることもある。それぐらい、格闘技にとってプロモーターの存在は大きく、重要なのだということを痛感させられた。

なぜプロモーターは重要なのか。彼らが資金を集め、会場を抑えてくれなければ、選手たちは戦う舞台自体を失ってしまう。さらに、興行として最大限の魅力を放つべく叡智を注いだマッチメイクが、時として選手自身が気付いていなかった一面を引き出すこともある。

というわけで、最初の出会いから20年近くがたったいまも、高田延彦と榊原信行はわたしにとって興味の的であり続けている。

だから、近いうちに我が家の飲み会自粛令が解禁された暁には、ぜひとも聞いてみたいことがある。

朝倉未来のことである。



RIZINを主戦場とする総合格闘家にして、大人気ユーチューバーでもある彼には、格闘技界はおろか、スポーツ界のこれまでの常識が通用しない。プロモーターが資金を集め、戦いの場を用意するまでもなく、自分で金を集め、戦う場所を設定できるからである。

これは、ヒクソン・グレイシーもミルコ・クロコップもエメリヤーエンコ・ヒョードルにもできなかったことだった。できなかったがゆえに、彼ら……に限らず、PRIDEに出場するファイターは、榊原を前にすると信じられないぐらいに腰を低くし、さながらボスに仕えるしもべのようですらあったのだが、朝倉未来は誰にかしずく必要もない。

それでいながら、ここまでの彼は、RIZINにおける自分の見せ方、つまりはプロモーションにもちゃんと成功している。

格闘技好きが集まるネットを除いてみると、果たして朝倉未来は本当に強いのか、といった論争があちこちで起こっている。UFC王者のコナー・マクレガーとは比べ物にならない、という声もあるが、そもそも、世界的な名声を誇るアイルランドのスーパースターと比較する声が上がること自体、朝倉のプロモーションが上手くいっている証左、とわたしは思う。

ピッチャーの球速やバッターの打率、ストライカーのゴール数といったわかりやすい数字は、格闘技の場合、戦績以外にはない。そのため、ファンからすると妄想を膨らませやすく、虎とライオンはどちらが強いのか、的な論争に発展しやすい。ただし、虎的な立場、ライオン的な立場にまで自分を高めていくのは、簡単なことではない。

少なくとも、朝倉はマクレガーと比較される立場を手にした。

しかし、RIZINの舞台で初めて朝倉未来が敗戦を喫した。

大阪城ホールで開かれた「RIZIN.25」のRIZINフェザー級初代王者を決めるタイトルマッチで斎藤裕(33)に0-3の判定で敗れ、初代王座を逃した。

それでも、強気な姿勢は変わらなかった。

「久しぶりに負けて、勝った時よりも嬉しい気分。やっぱり格闘技やめられない。ダイレクトリマッチをしたい。次やったら勝ちますよ」と再戦を希望した。

朝倉と同郷でもある榊原信行は、「ヒクソンと俺、どっちが強いんだろう」という高田延彦の、プロレス・ファンの妄想を現実にした。

その際に発生した爆発的な熱量が、世界中に広まった。

朝倉未来は、来年2月28日に東京ドームで新格闘技イベント「MEGA2021」に出場するボクシングの元世界5階級制覇王者フロイド・メイウェザーと対戦すると取りざたされている。

同じことが、起きるのか。そもそも、同じことを狙う意図が、当事者たちにあるのか。

ぜひとも、聞いてみたいのだ。

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