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other2021.03.17

錦織圭のグランドスラム制覇は、大阪なおみの快挙によって可能性が広がった

錦織圭が日本人として初めてグランドスラムの決勝に駒を進めたのは、14年の秋だった。

あの時点で、こんな7年後を予想した関係者がどれだけいただろうか。

松岡修造の引退以降、なかなか世界レベルでの活躍する選手を産み出せなくなっていた男子日本テニス界にとって、錦織は最大にして唯一の希望だった。いや、一時は隆盛を誇った女子もジリ貧の状況にあったことを思えば、日本テニス界の希望、といってもいいかもしれない。

グランドスラムを取り上げるメディアが、真っ先に名前をあげるのも錦織だった。錦織は勝てるのか。錦織の相手はどれぐらい強敵なのか。錦織はどれぐらいの高みにまでたどりつけるのか──。

21年現在、錦織の世界ランク自己最高位は4位である。日本人としてはもちろん、アジア出身の選手としても誰も足を踏み入れたことのない領域に、彼は到達した。生涯獲得賞金はすでに2000万ドルを超えた。これだけの大金を手にした日本人アスリートは、野球、サッカーの世界を含めてもごくごく限られてくる。

だが、錦織が日本テニス界の希望を一身に背負っていた時代は、いつの間にか過去のものとなった。錦織は、いや、日本人はグランドスラムに勝てるのか──という一世紀以上に渡って関係者が続けてきた自問自答は、大坂なおみの出現によってあっさり解決をみたからである。

錦織が全米オープン準優勝に輝いた14年当時、大坂はすでにプロデビューを果たしている。ただ、幼少時から将来を嘱望され、いわゆるエリートコースに進んだ錦織に比べると、環境的、金銭的にも格段に厳しい道を彼女は歩んだ。二重国籍だった彼女が日本国籍を選択した際、決め手となったのが全米テニス協会の冷淡な扱いにあったことはよく知られている。

ただ、全米テニス協会に比べれば大坂の才能を買っていたとされる日本テニス界にしても、彼女がここまでの選手になるとは予想していなかったのではないか。少なくとも、錦織が世界ランク4位となった15年の段階で、大坂を天才と見ていた関係者をわたしは知らない。錦織を天才という人には数えきれないほど出会ったにも関わらず、である。

それが間違っていた、とは思わない。錦織のラケットさばきは、空間認識能力は、たとえば伊達公子から見ても別次元のレベルだったという。一方で、脚光を浴びる以前の大坂は、言ってみればコントロールの効かない暴れ馬だった。誰もがその運動能力には一目置きながら、しかし、自己制御の効かない運動能力の傑物たちが多く消えて行ったことを、専門家たちは知っていた。

ニワトリが先なのか、それともタマゴが先なのか。

2度目の全豪オープン優勝を果たした大坂は、かつて“ガラスのハート”と揶揄されたのが信じられないほどタフになっていた。ここを取られたらヤバイというポイント、相手が勝負に出てきたというポイントになると、ギアを静かに一段あげる。あのセリーナ・ウィリアムスでさえ、勝負どころをことごとく大坂に抑えられ、記者会見で涙してしまうほどの惨敗を喫した。彼女は、強打の撃ち合いだけでなく、メンタルの勝負でも大坂の前に屈したのである。

この強さが「グランドスラムを勝ったことによって生まれた」というのであれば、いまの錦織にその強さはない。だが、タマゴはなくともニワトリが生まれることもあるのが、スポーツの世界である。

大坂なおみが日本の、というより世界を代表するテニス選手であることは間違いない。ただ、7年前に比べるといささか影が薄くなったかのように思える錦織も、7年前と変わらぬ可能性を秘めているとわたしは思う。

むしろ、その可能性は少しばかり高くなっているのでは、とも思う。

錦織が歩んできた道は、エリートコースではあったものの、日本人としては前人未到の道でもあった。彼は早い段階から日本人初の高みを期待され、誰も行ったことのない舞台での結果を期待されてきた。

だが、大坂なおみが世界の頂点に立ったことで、それも全米で2度、全豪でも2度の優勝を果たしたことで、日本人だけでなく、テニスを見る世界の人々にとっても、日本人がグランドスラムで優勝することはニュースではなくなった。

勝ち進むたびに「日本人が」という目で見られていた錦織も、これからは錦織圭個人としてしか見られなくなる。ジョコビッチの優勝が、セルビア人の優勝、ではなく、いまやジョコビッチという個人の優勝と見られるように、である。

つまり、錦織が背負う余計な荷物は、以前より確実に軽くなっていると思うのだ。

もうすぐ40歳になるフェデラーが依然第一線で活躍していることを考えれば、31歳の錦織はまだまだ若い。いわゆる運動能力に頼るパワー・タイプの選手ではないだけに、ケガさえなければこれからキャリアハイの成績を残すことは十分に可能だろう。

以前は一身に背負っていた重圧も、いまは大坂なおみがずいぶんと背負ってくれている。

今年なのか、それとも来年なのか。

これからの錦織圭、株でいったら「買い」の一点だとわたしは思う。

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