鈴木尚広(元巨人)インタビュー、"代走のスペシャリスト"として「自分らしさ」を貫き通す。プロの世界を生き抜く極意【前編】
あなたには、「これだけは誰にも負けない」という武器はあるだろうか?
どの世界においても、長く生きていくには突出した武器が必要だ。これはプロ野球の世界にも言えることで、活躍している選手には何かしらの強みが必ずある。
元読売ジャイアンツの鈴木尚広氏は、足の速さを武器にし、「代走のスペシャリスト」として活躍。20年ものキャリアを、プロの世界で積み上げてきた。
インタビュー前編となる今回は、鈴木氏が過ごした学生時代のトレーニングにまつわるエピソードや、プロの世界で生き抜くために必要な極意を、じっくり語ってもらった。
■必要なのは基礎体力づくり。鈴木尚広の“陸上部並み”に走り込んだ学生時代
ーまず、野球を始めたきっかけからお聞かせください。
鈴木:きっかけは父親の影響ですね。父親は青春時代に野球を経験していましたし、「結婚して男の子が生まれたら一緒に野球をやりたい」という想いもありましたので、僕が物心ついた時にはボールを握っていました。
それに当時は野球が盛んだったので、スポーツは野球しか知りませんでしたね。僕が通っていた小学校内にある野球チームも、2チームに分かれるくらい人数が多かったんですよ。
なので運動が好きな子は必ずチームに入って野球をする、という流れになっていたので、僕自身なんの違和感もなく学校のチームでプレーしていました。
ー幼少期から野球一筋だったのですね。学生時代はどのようなトレーニングをされていたのですか?
鈴木:基礎体力づくりを中心にトレーニングしていました。これは小学校から高校まで、ずっと同じですね。
というのも、体力って、年齢を重ねれば重ねるほど補えない部分が絶対に出てくるんです。
若いうちから土台づくりをしていかないと、将来的にも息の長い活躍は見込めません。
野球をたくさん練習すればいいっていうわけではないんです。
僕の場合は中学生の時に陸上部を兼部していたこともあり、とにかく走り込みをしていました。
1日の練習で200mを20本、1本35秒以内で走るんです(笑)。35秒で走った後、100mジョグして、また200m。それを20本、35秒以内に走るというように、ずっと繰り返していくわけですよ。
他にも1000m15本を1本3分で走ったり、400mを8本走ったりとか。あとは一定のリズムで8000mをジョグしたり。そんな練習ばかりでした(笑)。
でも、いろんな距離を走ったり、走り方を変えて練習することによって、ありとあらゆる筋肉を鍛えられましたね。野球でいうと瞬発力や敏捷性、一瞬の力っていうのを身につけられました。
プロに入ったら1シーズン143試合あるわけですから、ある意味体力勝負みたいな部分も求められるんですよ。そういう意味でも基礎体力、それに耐えられるだけのメンタルは学生時代から鍛えておく必要はあると思いますね。
なので学生時代は野球より、走っていた記憶しかありません(笑)。
ー本当に陸上部のような練習内容ですね(笑)。筋力トレーニング(以下、筋トレ)はしなかったのですか?
鈴木:ほとんどしませんでしたね。僕の時代は筋トレを導入している学校は多くなかったですし、走り込みといった原始的トレーニングが中心の時代でしたから。
それに正直、筋トレで体力はつきません。筋肉は人間の中でも一番成長が早い部分なので、筋トレを中心に取り入れていけば2〜3ヶ月で筋力はアップしますが、逆に筋肉を増やしすぎるとスタミナが落ちてしまいます。
僕自身、それは学生時代に経験したことがあるので、プロに入るまでは基礎体力づくりを中心にこなしてきました。地味な作業ではあるんですけど、後から必ず効果を得られます。
20代、30代になって、走り込みを中心にして中学・高校と同じような練習をしようっていっても絶対できませんから。
今の子供たちは「野球をやりたいのに何で走ってばかりなの?」と疑問を抱きますが、それに対してはちゃんとした目的を伝えてあげることが必要です。
その年代にしかできない練習メニューをこなす。指導者の方は、このことをしっかりを教えてあげるべきですね。
■自分のプレーにどう作用するのか見極める。元プロ野球選手が一流の世界で学んだ「正しい筋力トレ」
ー確かに教える側、伝える側の責任は重大ですね。では、学生時代の食事の取り方で意識していたことはありますか?
鈴木:正直、当時は何も考えていなかったです。ただ、今思えば、やはりバランスの良いお母さんの手作り料理を食べる、ということはすごく大事だなと思いますね。
高校野球における“食トレ”は、昔から「米を食べろ」「量を食え」って言われてるじゃないですか。
でも、これが習慣となって、大人になってもずっと炭水化物ばかり取り入れてしまうと、トレーニングのはずが結局ただ太ってしまう人も少なからずいるわけですよ。
なので、ただ食べるだけじゃなくて、必要な栄養素をちゃんと理解して摂取していく。これもトレーニング同様に言えることですが、自分で理解して食事ができるように、学生時代からお母さんや指導者が教えてあげてほしいですね。「こういう食事をとるんだよ」って。
それが今後のパフォーマンスにつながっていくと思いますから。
ー若いうちはすぐエネルギーになって消化されますけど、年齢を重ねると消化吸収能力は衰えていきますからね。鈴木さんは高校卒業後に読売ジャイアンツに入団しましたが、プロに入ってからトレーニング方法はどのように変わりましたか?
鈴木:基本的な走り込みは変わりませんが、プロに入ってからはありとあらゆるトレーニングを取り入れました。
アウターマッスルを鍛えるトレーニング、インナーマッスルを鍛えるトレーニング。あとは上半身と下半身を繋げるコンディショントレーニングや、精神を鍛えるメンタルトレーニングもありました。
そういった数々のメニューを試してきましたが、それと同時にそのトレーニングが自分に合うかどうか、ということを常に考えていましたね。
どのトレーニングにも、これをやればこういう風になる、というエビデンス(根拠)があります。でも、全部が全部その通りに成果は表れません。
それが人間という生き物なんです。その中で、これは自分の体に合ったトレーニング方法なのか、ということを必ずメニューを取り入れる前に突き詰めていました。
ー漠然に「このトレーニングいいから」という理由で取り入れてはいけないわけですね。
鈴木:その通りです。とにかく筋肉をつければいいというものではありません。野球で重要なのは、取り入れたトレーニングによってできた体を、どうやって野球に活かしていくかなんですよ。
例えば、僕のように俊足が武器の選手が、ホームランを打ちたくて体ばかり大きくしてしまうと、足が遅くなる可能性も秘めているわけですよね。
なので、足の速さを維持しながらパワーをつけるにはどうしたらいいのか。そこを深堀することが重要なんです。
ーその筋トレが自分のプレーにどう作用するのか、はじめに見極めないといけない。
鈴木:そうです。トレーニングを一生懸命やったとしても、プラスに働くこともあれば、それがマイナスになってしまうことも当然あります。
そこは野球だけじゃなく、どのスポーツにおいても難しいところなんです。
■自分の武器・信念を貫き通す。プロの世界で生き抜くために
ー鈴木さんは「代走のスペシャリスト」として活躍されましたが、息の長い選手になるために、自分がどういうプレースタイルで生きていくか、その長所・適性の見極め方についてはどのように考えていらっしゃいますか?
鈴木:自分の長所というものは、まず自分自身が知っておかないといけないですよね。誰かに気づかされているようでは、自分という選手を確立することはできません。
例えば、僕の場合は足の速さが武器ですが、同期のライバルとのレギュラー争いに勝とうとするあまり長打を打とうとして、試合でフライばかり上げてしまう。
そうすると、自分の武器である足が活かせなくなりますよね。こうして自分の長所を見失って、埋もれていく選手ってたくさんいるんですよ。
だから自分のプレーにおける軸や強みがないと、やはりプロの世界では生き残れません。
もちろん、僕のように足を武器として入団してくる選手はたくさんいます。その争いの中で勝ち抜くのは相当難しいです。
ですが、だからといって他の能力向上に着手するのではなく、その選手たちにも負けないくらい足という長所を伸ばすべきだと、僕は思います。
たとえ現時点で劣っていたとしても、「いつか追い越すんだ」という気持ちがないと、どちらにしろプロの世界で息の長い選手にはなれません。
なので自分のストロングポイントは消さないように、誰にも負けない自信があるスキルだけは徹底的に鍛えましたね。「走塁・盗塁だけは絶対に譲れない!」っていう気持ちで。
ーその気持ち・信念が「代走のスペシャリスト・鈴木尚広」を生み出したわけですね。
鈴木:はい。やはり足が僕の魅力であり、存在価値でもありますから。
まぁ僕もレギュラーを目指しましたけど、28人の枠の中でどうやって生きていくか。
レギュラーだけが全てではないですし、代走だけが全てではないんですけど、自分の立ち位置さえしっかり分かっていれば、僕のように20年もの現役生活を送ることも可能となるんです。
足だけでは、レギュラーになるには足りないかもしれない。
でも、個人としてだけでなくチームとして考えたら、やるべきことは明確になるはずです。代走として求められているのであれば、チームにとって必要なピースになればいい。
これは野球だけじゃなくどの世界においても言えることですが、何か抜きん出た武器がないと、人って結局どこで勝負していいか分からずにその世界から退いてしまうんです。
だから僕の場合、結論としては“走塁・盗塁”だけを頑なに貫き通したっていうことじゃないですかね(笑)。
後編: 一人ひとりが主人公になれる。盗塁でヒーローになった男に訊く、野球の醍醐味
につづく。